輔 s-2

『pollination』→更に書き直し『pollination』

後半が唐突だなぁ、と言われてみて気づいたので
(いきなり「いきりたつ」も無いだろう、と。その辺の生理は分かりませんが)
後半部のみ少しだけ書き直し。
モデルはいるようないないような。

「なぜ人間は血の詰まった袋じゃないんだろう」

と言ったのは誰だった?
袋に入った液体だと穴が開いたらピューっと出ちゃう。

「なぜ人間は血の詰まったただの袋ではないのか」
フランツ・カフカでした。

甲虫はいいけど(いや、よくないけど、マシって話)
イモムシはイヤだなぁ。あの中身がクリーミーっぽいとこと皮が薄いとこ。


『pollination』
    ↓



毎年、春に高尾山に登る。植物観察のためだ。
人間が苦手だ。子供の頃からずっと苦手だった。祖父が植物好きで、よく一緒に野山へ出かけた。植物と向き合っているときは気が休まった。勉強をして、大学の植物研究所に籍を置くようになり、安住の場をようやく得たと思ったのは人間が苦手な自分の浅はかさだった。ほとんどの所員は研究肌だったが、人付き合いを皆ロクにしていないため間合いが計れない。いつまで経っても意思疎通が図れない。一部の人間は出世争いに身をやつしている。
朝早く高尾山行きの電車に乗る。ケーブルカー乗り場を横目に登山口へ向かう。僕の専門とする植物はネコノメソウだ。湿地に植生しているので、それなりの靴や装備で臨む。植物はあるべき場所にあるのが最も美しい。
研究所では毎日試験管やフラスコの中で植物が変化する。バイオ技術なんて僕から見れば愚でしかない。フラスコの曲面に自分の顔が写るのを見ると嫌気がさす。写りこんだ自分の眼鏡に、フラスコが写りこんでいるのが見て取れる。写り込み、写り込み、自分が小さくなっていく錯覚に陥る。矮小な、僕という存在。
ネコノメソウは背丈の小さな植物なので見つけるのも容易ではない。色鮮やかな花弁も持たない、とても地味な植物だ。名前の由来になったのは実の形で、わずかに裂けたときが瞳孔を細くした猫の目に似ていた。ネコノメソウの受粉はカタツムリやナメクジによって行われる。ナメクジには受粉している意識など当然ないだろうが、舐めるように這いつくばり、奴らの腹の下、粘液にまみれながら受粉が行われる。小さい、小さい世界の営み。
この日は前日に雨が降った。気温が上昇し裏高尾山にしては温かかったせいか、ようやく見つけたネコノメソウはキラキラとナメクジの軌跡で光っていた。本当は採取したいけれど観察だけにとどめる。自宅には採取した種から育てたネコノメソウがある。花粉をとって受粉させてはみたが、どういうわけかうまく結実しなかった。今年も実がはじける頃にまた来よう。花粉から花粉管が伸びて花柱から珠孔へ達すればほぼ受粉は完了のはずなのだが。ナメクジの粘液が肝心なのだろうか。
 汗ばむ陽気。ゴールデンウィークが近い。ケーブルカー乗り場には人が大勢いたが、この辺りへやってくる登山客はほとんどいない。着替えを持ってくるべきだった。眼鏡のつると顔の接点に汗が溜まって飽和状態になるとこめかみ辺りを伝う。不快な感覚。用事は済んだ。汗臭いまま満員電車に乗るのは避けたかった。
 新宿で乗り換え。あのあらゆる方向に人が進む雑踏は毎度のことながら自分の方向性を見失う。ただ、あの雑多さには気を使わずに利点もある。
 秋葉原で乗り換え。駅の新しい部分と古い部分が何年経っても馴染んでいない気がする。つなぎ目を通過するとき、いつもイヤな感じがする。まだ新しい電車に乗り込む。人の波に押されて女子高生にぶつかりそうになった。汚いものを見るように僕のことを見て眉を顰める。人形のようだった顔の眉間の皮膚が隆起し、生々しく見えた。気持ちが悪い。電車が動き出す。食虫植物を思わせる突き刺さりそうな睫毛に覆われた大きすぎる目に、秋葉原の街の明かりが縦方向に次々と映り込む。まるで猫の目みたいだ。僕の愛するネコノメソウは実が割れるとお椀型になった果皮の中に芥子粒のような種が入っている。この子の目は、僕を汚物を見るように見るこの目には、何が納まっているんだろう。横を通って隣の車輌に行こうとした。すれ違う瞬間、「くさっ!」とその目がはっきり言った。
進行方向とは逆側のドアを開け、渡り板の上に移動した。背後でドアがゆっくりしまり、音が遮断される。車輌をつなぐ蛇腹に身を埋めた。電車の振動とどくどく脈打つこめかみがリンクする。自分の感情が把握できない。怒りなのか、悲しみなのか。人はなぜ植物のように生きられないのだろう。どうして感情なんて無駄なものがあるのだろう。どうして直接的な繁殖行為を選択したのか。自分の意思で制御できない肉の部分を嫌悪せずにはいられない。更に深く身を蛇腹に押し当てていると、車輌は大きくカーブし、蛇腹は震えるように股間を咥え込んだまま縮み上がった。おぞましい感覚が下腹部に広がる。
ああ、僕はなぜナメクジじゃないんだろう。
 
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by tasuku-s-2 | 2009-11-06 10:17 | 掌編
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